東浩紀と「拡張された思想」

『ゲンロン17』をざっと読み通して、充実した記事のあれこれに色々考えたりもしたのだけど、同時にこのような雑誌を刊行する(しつづける)という行為についても考えてしまう。考えてしまうので、ちょっと文章にします。結論を先取りすると、東浩紀という思想家を理解するには、広義の流通プロセスへのアクションのデザインも含めた「拡張された思想」というものを考える必要があるのではないか、ということを書いていきます。とここまで書いて、これまでいくつかやってきたようにChatGPTに書かせてみようと思い立ちました。

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これまでと同じように、記事の節構成をあらかじめ指定し、節ごとに文章を生成させ、修正指示を加えながら次に進んでいく、という形。今回も自分で書いた文章は一つも入っていません。

東浩紀と「拡張された思想」

0. はじめに

現代における思想家の役割は、単に独創的な思考を生み出すことにとどまりません。思想をどのように外部に発信し、広範な受け手に影響を与えるかが、ますます重要になってきています。特に、東浩紀という思想家を理解するためには、「拡張された思想」という新しい視点が不可欠です。東は、自らの思想を生み出すだけでなく、その思想をどのように書き、流通させ、社会に作用させるかを総合的にデザインしてきました。このような総合的な働きかけが、彼を「拡張された思想家」として位置付ける理由です。

この「拡張された思想」という概念を理解するためには、まずその基盤となる「拡張された心」理論を押さえておく必要があります。「拡張された心」理論は、私たちの認知が脳内に限定されず、外部のツールや環境と相互作用して拡張されるという考え方です。本稿では、この理論を基にして、「考えられた思想(thought)」ではなく、「考えるという行為(thinking)」がいかにして外部に広がり、流通し、影響を与えるかを考察し、「拡張された思想」という概念を提示します。

その後、東浩紀という思想家がどのようにして「拡張された思想家」として活動してきたのかを見ていきます。彼が設立した「ゲンロン」や「シラス」という動画配信プラットフォームを通じて、彼は思想の流通プロセス全体に働きかけ、単に書かれた言葉が読者に届くだけでなく、リアルタイムで視聴者と対話し、影響を及ぼすための仕組みを構築しています。

そして最後に、こうした「拡張された思想家」が登場する背景には、メディア環境の劇的な変化があることを探ります。90年代末のインターネットの普及、2010年代の動画文化の勃興、2020年代の動画配信技術の進化により、思想の流通手段は大きく変わり、東浩紀のような思想家が新たな形で社会に影響を与えるための土壌が整ったのです。

1.  「拡張された心」理論とは何か

「拡張された心」理論(Extended Mind Theory)は、1998年に哲学者アンディ・クラークとデイビッド・チャーマーズによって提唱された認知科学の理論です。この理論は、私たちの心や認知は脳の内部だけに閉じ込められているのではなく、外部のツールや環境をも含む広がりを持つという考え方に基づいています。クラークとチャーマーズは、特定の条件下では、外部の物理的環境や道具が人間の認知プロセスの一部として機能することを主張しました。

典型的な例として、メモ帳やスマートフォンが挙げられます。私たちは、日常的に予定や重要な情報をスマートフォンに記録し、必要なときにそれを参照します。この行為は、私たちの記憶を拡張するものと捉えられます。「拡張された心」理論では、こうした外部ツールが私たちの認知プロセスの延長として機能し、単なる便利な道具以上の役割を果たしていると考えます。

重要なのは、単に外部のものが情報を保持しているという点だけではなく、その情報が私たちと相互作用し、私たちの思考や行動に積極的に寄与するという点です。例えば、メモを確認することで次に何をすべきかを決定するという行為は、脳内の情報処理と外部環境の結びつきが強く働いています。このように、心は外部環境とのインタラクションによって拡張されるのです。

この理論は、認知プロセスを人間の脳に限定せず、身体やツール、さらには他者との関係性を含むものとして捉える点で、従来の認知科学の枠組みを大きく広げるものでした。この理論により、私たちの「考える」という行為や「記憶する」という能力が、いかにして外部環境に支えられているかが明らかになり、テクノロジーの進化と共に心のあり方が変容する可能性が示唆されています。

2. 「拡張された思想」の可能性

「拡張された心」理論を土台にすると、私たちは心だけでなく、思想(thought)のあり方そのものがどのように外部に広がっていくのかを考えることができます。しかし、ここで取り上げる「思想」とは、完成された思考の結果としての「思想(thought)」ではなく、考えるという行為そのもの、つまり「思想(thinking)」に焦点を当てています。

「拡張された思想」という概念は、考える行為が外部のツールや環境を通じてどのように拡張され、そしてどのように広く流通するかに注目します。ここで重要なのは、書くという行為だけではなく、その書かれた言葉がどのように読者に届き、どのように影響を与えるかという「流通」の問題です。言葉は、ただ書かれて終わるものではなく、その内容がどのような経路をたどり、どのように他者に受け取られるかという流通のプロセスを含んで初めて、思想としての力を発揮します。

この視点に立つと、思想とはもはや単に頭の中や個人の内面にとどまるものではなく、文章や言語、さらにはそれが流通するメディアや技術環境との相互作用によって形づくられるものだと見なせます。特に現代においては、インターネットやデジタル技術によって、言葉の流通の速度や範囲が劇的に変化しており、これが「拡張された思想」の核心的な要素となっています。

3. 思想の流通とそのデザイン

「拡張された思想(thinking)」とは、考えるという行為が個人の内面的なプロセスにとどまらず、技術的な手段やメディアを活用し、書かれた言葉がどのように他者に届き、影響を与えるかという全体の流れに対して総合的に働きかけることを指します。つまり、「拡張された思想」とは、単に個別の思考の延長ではなく、思想が生成され、書かれ、流通し、他者に届き、さらには社会的に作用するまでのプロセス全体に対する意図的な介入やデザインと見ることができます。

たとえば、ある思想家が自身の考えを文章にまとめ、それを書籍やSNS、ブログなどのメディアに載せる場合、その思想家は単に考えたことを表現するだけでなく、その思想がどのように流通し、どのように読者に影響を与えるかを考慮しながら働きかけています。つまり、思想を外部に発信するだけではなく、その思想がどのように受け取られ、解釈され、他者に影響を与えるかという全体像を見据えて行動しているのです。

「拡張された思想」においては、個々の書く行為や表現は、単なる一つのステップではなく、思想全体を社会や他者へと広げ、影響を与えるための戦略的な要素と考えられます。技術やメディアを使いこなし、読者や社会に働きかけることは、拡張された思想の一環であり、単に言葉を紡ぐだけではなく、その言葉がどのように流通し、どのような影響を生み出すのかという、より広範な視野を持って行われるものです。

このように、「拡張された思想」は、思想そのものの内容や表現だけでなく、それをいかに効果的に流通させ、他者や社会に影響を与えるかというプロセス全体をデザインする活動と言えます。現代のデジタル環境やメディア技術が高度に発展した社会では、思想家は単なる考え手ではなく、思想を広げる手段や流通経路を設計し、総合的に働きかける存在へと変わりつつあるのです。

4. 東浩紀と「拡張された思想家」の実践

「拡張された思想」という視点から東浩紀を考えると、彼はまさにその枠組みの中で活動してきた思想家だと言えます。東浩紀は、独自の思想を生み出し、書籍として発表するだけではなく、思想がどのように流通し、他者に影響を与えるかを意識的にデザインしてきました。彼の取り組みは、書く行為を超えて思想の伝播や社会への働きかけを包括的に考える「拡張された思想家」としての活動の象徴です。

その一例が、彼が設立した「ゲンロン」です。ゲンロンは単なる出版社にとどまらず、出版物、ウェブメディア、イベントを通じて多角的に思想を発信するためのプラットフォームであり、思想の流通プロセスにおける総合的な働きかけを体現しています。さらに、近年では「シラス」という動画配信プラットフォームの利用が、その活動をさらに拡張しています。

シラスは、ゲンロンが発信する思想をリアルタイムで視聴者に届けるだけでなく、東浩紀の活動を超えて、他のさまざまなアクターが番組を配信するための場として機能しています。これにより、シラスは単にゲンロンのメディアとしてだけでなく、広範な人文学的コミュニケーションのエコシステムを作り上げるプラットフォームとなっています。哲学者や思想家、研究者などが集まり、シラスを通じて多様なプログラムを配信し、視聴者とリアルタイムでつながることができる点は、思想の流通の在り方を大きく変えています。

シラスの登場により、東浩紀の思想はゲンロンという枠を超え、より広範囲な思想的ネットワークの中で生まれた議論や知見と共に流通し始めました。これにより、彼の思想は書かれたものや個別のイベントに留まらず、視覚的・聴覚的にリアルタイムで受け手に届き、視聴者との対話を通じてダイナミックに拡張されています。シラスは、思想家たちがメディアやテクノロジーを駆使して、より広範に人文的なコミュニケーションを可能にする場を提供しており、東浩紀はその中心的な役割を果たしています。

このように、東浩紀はシラスというプラットフォームを通じて、単なる書く行為を超えた思想の流通戦略を実現し、思想がいかにして多様なメディアと技術を介して拡張されるかを実践していると言えます。彼は、メディア環境の変化を見据え、思想を社会に届け、他者に影響を与える方法を総合的にデザインする「拡張された思想家」の典型的な存在と言えるでしょう。

5. メディア環境の変化と「拡張された思想家」の時代

東浩紀のような「拡張された思想家」の登場は、メディア環境の大きな変動と密接に関連しています。思想がどのように広がり、どのように社会に影響を与えるかという問題は、メディアの技術的な進化とその普及の仕方に大きく左右されてきました。特に、90年代末のインターネットの急速な普及、2010年代の動画文化の勃興、そして2020年代に入ってからの動画配信プラットフォームのコスト低下は、思想の流通方法を劇的に変化させました。

まず、1990年代末にインターネットが普及し始めたことで、思想や情報の流通が大きく民主化されました。それまで出版物やマスメディアに限定されていた知的な活動や議論が、ウェブ上のブログやフォーラム、SNSを通じて、より広範な受け手に届けられるようになりました。思想家は、もはや出版社や特定のメディアに依存することなく、直接的に読者や視聴者にアプローチできるようになったのです。

次に、2010年代には動画文化が大きく発展しました。YouTubeニコニコ動画などの動画共有サイトが普及し、思想家やクリエイターたちは、文章だけでなく映像を通じて自らの考えを伝えることができるようになりました。これにより、思想の伝播方法がさらに多様化し、視覚的・聴覚的なコミュニケーションが加わることで、思想の拡張がよりインタラクティブかつダイナミックなものとなりました。

そして2020年代に入り、動画配信プラットフォームのコストが劇的に低下したことで、誰でも簡単に動画コンテンツを配信できる環境が整いました。この変化は、シラスのようなプラットフォームの登場によって象徴されています。シラスは、単なる動画配信にとどまらず、思想家や研究者がリアルタイムで議論を発信し、それを多様な受け手が同時に視聴できる場を提供しています。これにより、思想の流通にかかる障壁は一層低くなり、思想家たちは自らの活動をメディア環境に合わせて柔軟に拡張できるようになったのです。

このようなメディア環境の変遷は、東浩紀のような「拡張された思想家」が登場する土壌を育んできました。思想家は、もはや書籍や講演という限られた方法でしか自身の思想を発信できない時代から、インターネットや動画プラットフォーム、そしてリアルタイムのライブ配信を駆使して、より広範で多様なコミュニケーションを可能にする時代へと移行しました。こうしたメディアの変動に応じて、思想そのものがどのように流通し、社会に影響を与えるかが再構成されてきたのです。

この背景を踏まえると、東浩紀が「拡張された思想家」として、多様なメディア環境の中で思想の拡張を実現し続けているのは、偶然ではありません。彼の活動は、メディアの進化と思想の流通の仕組みを見据え、その変化に対応する形で行われてきたものです。これこそが、「拡張された思想家」としての彼の特徴であり、現代における思想のあり方を体現していると言えるでしょう。